前編の続きからお話ししていきます。
(2) 本症例で覚えた強烈な違和感の正体とは
前項でもお話ししたように、外傷性血胸は「胸を強くぶつける」ことで胸腔内に血液がたまる疾患です。肋骨骨折→肺挫傷のため出血することがほとんどであり、その原因としては交通事故等が多いです。
さて今回の症例ですが、この患者さんは便器に胸をぶつけたという話でした。果たして便器で胸を打ったくらいの衝撃で肋骨骨折や肺挫傷を起こすでしょうか?ここに強烈な違和感がありました。
(3) 胸部CTの再確認→外傷性血胸の否定
そこでもう一度胸部CTを確認しました。結果、やはり予想通り肋骨骨折は認めませんでした。そうなると外傷性血胸の可能性は非常に低くなります。内科診断学において「患者さんのエピソードに誘導されるように答えを導き出す」ことは往々にして誤診につながりやすく非常に注意が必要です。
ではなぜ今回は間違い診断につながってしまったのか、結論から言うと「鑑別診断を挙げる」ことを疎かにしたからです。
(4) 救急における胸痛の鑑別診断=『Killer5』に注意
救急において胸痛は非常に危険な症状です。特に以下に挙げる5つの疾患は一瞬で患者さんの命を奪いかねない疾患であり、救急においてはそれらを完全に否定しない限り絶対に患者さんを返してはいけません。(これらを救急の世界ではKiller 5と呼びます)
『Killer5=① 心筋梗塞 ② 大動脈解離 ③ 緊張性気胸 ④ 肺塞栓 ⑤ 特発性食道破裂』
どれも病名を見ただけで分かる通り危険な疾患ですよね。
本症例では初診の医師は患者さんの「トイレで胸をぶつけた後に胸が痛くなった」というお話についつい引っ張られており、その結果救急で最も重要な「Killer5の否定」がおろそかにされている状態でした。そして実はこの5つの疾患の中に今回の症例の答えがあったわけです。
また長くなりましたので続きは次項でお話しいたします。ここまでお付き合い頂きありがとうございます。