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総合内科的知識が問われた経験症例 Part2 『徐脈』 後編

2022.08.22

前編および中編では、アルツハイマー型認知症の薬による徐脈に対して危うくペースメーカーが入れられそうになった症例についてお話ししました。症例のその後の経過について綴っていきます。いつもながらですが長くなり申し訳ありません(汗)。

 

(6) 本症例のもう一つの強烈な違和感

元々この患者さんはアルツハイマー型認知症に対してメマリー/ドネペジルというお薬を処方されておりましたが、実はこれに対して私は強烈な違和感を覚えていました。何に対してかと言いますと、

『60歳代の女性のアルツハイマー型認知症』

という点です。そうです、あまりにも若すぎますよね。

いやいや若年性アルツハイマー型認知症という病気もあるじゃないか、というご意見もあると思います。ただそれは患者さんの絶対数が決して多くはないんです。医学、特に診断学において重要なこと、それは『頻度の高い疾患から考える』ということです。確かにアルツハイマー型認知症自体は非常に患者数の多い疾患です。しかし若年性アルツハイマー型認知症は比較的稀です。なので本当にアルツハイマーなのか?それが私のそもそもの疑問でした。

 

(7) 医師に重要な心構え:『人の診断を簡単には信じない』

医師の日常臨床における姿勢として『他の医師がつけた診断は必ず一度は疑う』ことが重要です。専門の医師が診察しているから大丈夫、という言葉が我々医師の世界では横行しております。しかし当然ながら専門の医師でも間違えるときは間違えます。もし後で見た医師が専門医の診断や意見を鵜呑みにするようなら、漏れなく2人の医師で一緒に間違えることになります。患者さんのお体を最優先に考えた場合、それはあってはいけないことですし、その繰り返しが医療への大いなる失望(医療不信)につながります。そのため後で診察した医師は前医の診断を必ず疑うことが大切です。

私は最初に徐脈で病棟に呼ばれた時から、そもそもこの患者さんは60歳代で本当にアルツハイマー型認知症なのか?とずっと気になっていました。そしてその真偽は思わぬ形で判明することになります。

 

(8) せん妄の出現→新たな発見

徐脈で呼ばれた日の1週間後の非常勤勤務の際に、再びこの患者さんの件でcallがありました。

病棟看護師さん『大腿骨頸部骨折術後2日目ですが、点滴の針を抜いたりナースに嚙みついたりと暴れています。せん妄と思われますが病棟に来れますでしょうか?』

せん妄とは入院中の高齢者に多くみられる病態です。体に入っている点滴や人工呼吸器を抜こうとしたりすることも多く非常に危険な状態です。まずは鎮静剤を投与して落ち着いて頂きましたが、念のため脳卒中を除外する必要があると思い頭部CTを施行しました。すると、予想外なことに『昔の脳梗塞の跡(陳旧性脳梗塞)』が多数見られました。ちなみにこれは今回のせん妄とは関係のないものです。

結論としてこの患者さんの認知症はアルツハイマー型認知症ではありませんでした。

認知症の原因は脳梗塞を繰り返したことによって起こる脳血管型認知症だったわけです。

 

(9) 本症例のまとめ

ここまで長かったですよね。経過をまとめると以下の通りになります。

① かかりつけ医:脳血管型認知症をアルツハイマー型と間違えて2種類の薬を出す→間違い×

② 患者さんが転倒して大腿骨頚部骨折を起こす

③ 整形外科、麻酔科:高度の徐脈があるので手術ができないと判断、循環器内科に任せる→間違い×

④ 循環器内科:薬剤性徐脈に気付かずにペースメーカー埋め込みを予定した→間違い×

 

アルツハイマー型認知症と誤診して全く不必要な2種類の薬を出した。そしてその薬の副作用で起こった徐脈に対してペースメーカーを入れようとした』というとんでもない症例だったわけです。

つまり3人ではなくかかりつけ医を含めて4人の医師で間違えていたという恐ろしい内容でした。

 

 

今回の経験症例は以上です。こんなに長く書くつもりはなかったので申し訳ありませんでした。

本症例を通して『専門を問わず、全ての総合内科の知識を持とうとすることの必要性』をお判りいただけたでしょうか。しつこく繰り返すようですが、かかりつけ医を選ぶ際には総合内科経験の豊富な医師を選ぶことを推奨する、という言葉で締めくくろうと思います。長編でしたがここまで見て頂いて有難うございました。

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