3⃣ 資本主義の功罪、社会主義の誕生まで
ここまではカトリック時代→プロテスタント時代における労働の概念の変遷についてお話ししました。宗教戦争によるパラダイムシフトがきっかけとなり資本主義が誕生することに繋がりました。しかし一見封建主義は支配的で悪者かと思われましたが、実人々が幸せを定義するには実は非常に簡単なものでした。なぜなら「神様/王様/殿様のために自分が存在する」と考えるだけでアイデンティティを保つことができたからです。しかしながら資本主義の到来とともに格差の果てに貧困に喘ぐ者も増えるようになりました。そして崖っぷちの時に自分の存在意義を他者に投影できないため『自己責任』という重い概念がのしかかるようになったわけです。フランスの哲学者のサルトルはこれを「人間は自由の刑に処されている」と表現しました。とても重い言葉ですよね。このような時代において哲学の先人達は封建主義に代わる新たなアイデンティティを探し求めて『実存主義』という哲学を作り出すわけですが、これを話すとあまりに大きな脱線になるので今回は控えようと思います(汗)。
さて封建主義に代わるアイデンティティの追求ですが、個人でこれを探すにはあまりに”自由”は重いものでした。特に第一次世界大戦後のドイツのような戦後多額の賠償金を請求された国家に属する人々は異常なインフレの最中で絶望でしかなく、いつしか大衆は封建主義のようにもう一度縛りつけてくれる巨大な存在を求めるようになりました。これがナチス時代の誕生につながります。しかし第二次世界大戦の敗戦によりファシズムは敗れ去り、再度資本主義の風が吹きます。再び重い自由にさらされた人々のうち、専横国家ではなく(表面上は)かつ資本主義とは異なる新たな思想体系を望むものが増えました。そこで新たなパラダイムとして生まれたのが社会主義思想です。
導入が長くなりました。次のテーマは社会主義の考え方に移りたいと思います。何度も繰り返しますが私は哲学や世界の歴史の変遷は好きですが特に思想信条はなく、封建主義も資本主義も社会主義も一長一短だなあ…と思っているだけですのでその点はご理解頂ければ幸いです。